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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9224号 判決

原告 株式会社神都商事

右代表者代表取締役 信田正紀

右訴訟代理人弁護士 平野智嘉義

同 辰口公治

被告 望月吉男

右訴訟代理人弁護士 及川信夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

(一)1  主位的請求

被告は原告に対し別紙目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

2  予備的請求一

被告は原告に対し、原告から金二五〇万円の支払を受けるのと引換えに別紙目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

3  予備的請求二

被告は原告に対し、原告から金五〇〇万円の支払を受けるのと引換えに別紙目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  原告

(一)  請求の原因

1 別紙物件目録(一)記載の土地(本件土地)は、もと訴外近藤周男の所有であり、同人は昭和四五年一〇月二七日訴外鳥海孝一に対する金一〇〇万円の債務を担保するため本件土地に抵当権を設定し、同月二八日その旨の登記を了していたが、右債務の支払が出来なかったため鳥海は同年一一月一九日右抵当権にもとづき本件土地の競売申立をなした。原告は昭和四六年六月三日これを競落し、同月二六日その旨所有権移転登記を了したものである。

2 被告は何らの権原なく別紙物件目録(二)記載建物(本件建物)を本件土地上に所有している。

3 よって原告は被告に対し所有権にもとづき本件建物を収去してその敷地である本件土地の明渡を求めるが、若し無条件明渡が許されないとすれば、予備的請求の趣旨一及び二記載のとおり移転料の支払と引換えに前記建物収去、土地明渡を求めるものである。

(二)  抗弁に対する答弁

抗弁事実のうち1は否認、2は知らない。

(三)  再抗弁

仮りに被告が前記菅沼との間で本件土地につき借地権を有していたとしても、これについて対抗要件をそなえていないから新たな土地所有者となった原告には対抗できない。すなわち近藤周男は昭和四五年一〇月二七日菅沼から本件土地を売買により取得すると共に即日鳥海孝一に対して負担する債務のため同人と抵当権設定契約をなし、翌二八日所有権移転登記を経由すると同時に右抵当権設定の登記をなしたが、被告は当時本件土地借地権については勿論、その地上に所有する本件建物にも登記を有していなかったから、前記抵当権にもとづき本件土地を競落により取得した原告に対し借地権をもって対抗するに由ないものである。

(四)  再々抗弁に対する答弁

右主張1、2はすべて争う。

殊に、被告は暴利行為として権利の濫用に当るというもののようであるが、原告は予備的請求一、二記載の如く移転料を提供する用意があることを明らかにしている。被告の主張にしたがえば競落当時金六〇〇万円の本件土地は現在金一七八五万円に騰貴したということであるから約三倍の騰貴率である。右倍率を競落価格にあてはめると現在価格に引き直して金四八〇万円となりこれに移転料金五〇〇万円を提供すれば原告の出費は約一〇〇〇万円となり、決して暴利とはいえない。

二  被告

(一)  請求の原因に対する答弁

請求原因1は不知、同2のうち被告が本件土地上に本件建物を所有していることは認めるが、その余は否認、同3は争う。

(二)  抗弁

1 仮りに原告が抵当権実行にもとづいて本件土地を競落により取得したとしても、右競落は基本となる抵当権設定契約ひいてその登記がいずれも通謀虚偽表示(民法第九四条)により無効であるから、その実行にもとづく原告の所有権取得も効力を有しないものである。すなわち本件土地はもと訴外菅沼芳夫の所有に属していたが、原告は近藤周男、鳥海孝一らと通謀してたまたま被告が本件土地の借地権につき対抗要件をそなえていなかったのを奇貨として、これを追いたてるべく、近藤、鳥海間において近藤が鳥海より金一〇〇万円を借り受けたかの如く金銭消費貸借と抵当権設定契約を仮装して、その旨の登記を経由し、これに基いて競売をなさしめ本件土地を競落したかの如く偽っているものである。したがって原告の本訴請求は既にこの点において排斥さるべきものである。

2 仮りに然らずとすれば、被告は本件土地を占有使用する正権原を有する。すなわち被告は戦前より本件土地を建物所有の目的で賃借しているものである。もっとも当初の建物は戦災により焼失したが、昭和二一年九月一日当時の地主小宮万次郎との間に改めて借地契約をなし、本件建物を新築して以来これを生活の本拠としているものである。その間地主が交替し昭和三二年一一月には菅沼芳夫が地主となったが、被告の借地権は認められ、昭和四一年一二月六日には菅沼との間に借地契約を更新し昭和四一年九月一日から同六一年八月末日まで二〇年間の借地権を取得しているものである。

(三)  再抗弁に対する答弁

被告が本件土地の借地権につき対抗要件をそなえていなかったことは認める。

(四)  再々抗弁

1 しかしながら被告は本件建物の登記をしなければ危いと教えられ直ちに登記手続にとりかかったが、測量その他に時間を要し、結局建物所有権保存登記をなしたのは昭和四五年一一月一四日であった。近藤周男が菅沼から本件土地の所有権を取得して登記を経由したのは同年一〇月二八日であり、また、鳥海孝一が近藤に対する債権担保のため抵当権設定登記を経由したのも前同日であるから被告の本件建物所有権保存登記は鳥海の抵当権設定登記に比べて約二週間ほど遅れたことになるが、近藤、鳥海は勿論のこと近藤の使用者である原告においても、本件土地上には本件建物が早くから存在し、被告が自ら居住して生活の本拠としていることは充分認識していた者であるから現に対抗要件をそなえた以上右程度の遅延は法的に治癒され、救済されてしかるべきもので対抗要件は追完され、新たな所有者となった原告に対し本件土地の借地権をもって対抗し得るというべきである。

2 仮りに右の追完理論が許されないとしても、原告の本訴請求は権利の濫用として排斥を免れない。

(1) 被告は本件土地につき前所有者菅沼芳夫から借地権を得ていたが、その地上の本件建物については未登記のまま放置していた。ところが原告、その従業員である近藤周男、高利貸である鳥海孝一は墨田区にある第一不動産なる不動産屋から本件建物が未登記であることを知らされるや、旧所有者である菅沼に働きかけ、被告を追い出して暴利を得ようと共謀し、その方法として近藤に所有権を取得させるべく、前記の如く昭和四五年一〇月二七日菅沼より近藤が本件土地を買受けたとして翌二八日その旨所有権移転登記を経由した。しかしながら、その買受資金は鳥海が提供し、同人は右二七日金一〇〇万円近藤に融資したとして、その担保のため本件土地に対する抵当権設定契約を近藤との間になしたうえ、翌二八日その旨抵当権設定登記をなしたものである。

(2) 被告は昭和四五年一一月分地代を前記菅沼に支払おうとしたところ、同人は「俺はもう関係がない」として受領を拒絶し、しかも、被告の懇請にもかかわらず新地主が誰であるかを教えようとしなかった。被告は登記簿をしらべ、やっとの思いで近藤の存在を知り、同人をその居住地である千葉県松戸市に訪ねたが、不在で逢えず、同人の妻も何も知らないという返事であったので近藤の所在を確めたところ、同女は事情を知らなかったのか近藤は原告会社にいることを教え「神都商事内近藤〇三―五〇四―三五八八」と電話番号を書いて渡してくれたので被告はここにはじめて菅沼、近藤、鳥海、原告らのたくらみを知ったわけである。

(3) その頃には被告も可笑しいと気付いて前記の如く本件建物の所有権保存登記を了していたが、その後間もなくして抵当権が実行されるにいたった。本件競売申立が抵当権設定登記後一ヶ月も経過せずしてなされている事実に徴しても近藤は金貸しの鳥海の操り人形で単に名義を貸しただけの者に過ぎないし、近藤の使用者である原告が本件土地を競落したのも居住者である被告を追い出して更地となし暴利を得んがため公売手続を利用すべく前二者と共謀して以上の如き形式をととのえたものに過ぎない。

(4) 原告の本件土地競落価格は僅かに金一六〇万円に過ぎない。これは当然のことながら被告の借地権を前提としているからである。競落当時においても本件土地の更地価格は金六〇〇万円を下ることはなかったが、現在においては更地価格は金一七八五万円、底地価格は金三五七万円に達している。したがって単に土地価格の点だけからしても原告が提供を申出ている移転料の額をもって権利濫用の非難を避けることはできない。まして被告は戦前から本件土地を生活の本拠として生活してきたものであって、被告の本件土地に対する愛着その他もろもろの無形の価値を考慮すれば尚更のことといわねばならない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告が本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件土地はもと菅沼芳夫の所有に属していたが、昭和四五年一〇月二七日の売買を原因として翌二八日近藤周男に所有権移転の登記がなされ、同人に対する一番抵当権者鳥海孝一の同年一一月一九日付競売申立により任意競売がなされて昭和四六年六月三日原告がこれを競落し、同月二六日その旨所有権移転登記がなされたことが認められる。

二  そこで、判断の便宜を考慮し、まず、本件をめぐる事実関係から検討する。

前項記載の事実に、≪証拠省略≫を総合すると、

(一)  菅沼芳夫は本件土地を昭和三二年一一月頃前所有者小宮万次郎から買受け所有していたが、被告は菅沼所有以前から本件土地上に本件建物を建築し、自転車の製造、修理を営んで居住をつづけ、地代も滞りなく支払い、昭和四一年一二月六日には菅沼との間で契約を更新し同年九月一日から向う二〇年間の借地権を有する旨土地賃貸借契約書を取交わしていた者である。ところが昭和四五年九月頃になって当時不動産業を営んでいた菅沼は妻の入院その他で金員の必要に迫られ、被告に坪当り金五〇万円で本件土地の買受け方を申込んだが、値段が高過ぎるということで断わられたので他に売却してもよいかと念を押したうえ知人で同業者である第一不動産の清野幸男に売却方を依頼したところ、同年一〇月になって同人の仲介で近藤周男に代金八〇万円で売却することになった。代金は借地権の存在を前提に底地価格を金八五万円くらいとみていたが、清野が仲介手数料もいらないというので金八〇万円に減額したものである。本件土地の地代は一〇月分までを菅沼が受領し、一一月分以降は買主である近藤が受領することに取決めたが、そのような交渉は清野との間でなされたもので売主の菅沼は登記の際に後記の鳥海孝一と逢ったことはあるが買主である近藤とは最後まで逢う機会がなかった。

(二)  近藤が買受けるようになったのは菅沼から本件土地売却の仲介依頼を受けた清野が古くからの知り合いである金融業者の鳥海孝一のところへ売却の話を持ち込み、鳥海が知り合いの不動産業者である近藤周男に金一〇〇万円を貸付けて買取らせたものであるが、登記は手続一切を鳥海が代行した。鳥海は近藤が本件土地の売買契約をなした昭和四五年一〇月二七日金一〇〇万円について本件土地に対する一番抵当権設定契約をなし、翌二八日近藤に本件土地の所有権移転登記をなすと同時に右抵当権の設定登記をなし、更に一ヶ月を経過しない同年一一月一九日には債務不履行を理由に東京地裁に右抵当権にもとづく競売申立をなし、同月二一日その旨の登記を経由した。該競売事件において、本件土地は被告の借地権の存在することを前提に価格金一六〇万円と評価され、最低競売価額も金一六〇万円とされたが、直ちに(第一回競売期日)に原告により競落され、前示の如く原告が所有権を取得した。そして競落代金一六〇万円のうち、費用や抵当権者である鳥海に支払われた残りの金四〇万円位が所有者還付金として前記近藤に支払われている。

(三)  他方、被告は同年一〇月半頃ふたたび菅沼の訪問を受けたが、その際同人は録音器を持参して会話を録音しながら本件建物の登記を早くした方がよいなどというので被告は自分の財産は自分で守るとタンカをきったりしたが、様子が可笑しいので人にもたずね保存登記に取りかかったものの遅れて、結局、同年一一月一四日に保存登記を了した。その間被告は同年一〇月末に同年一一月分の地代を菅沼に持参したが、同人は地代の受領を拒否し、「俺はもう関係がない、新地主がそのうち訪ねて行くから」というだけで新地主の名をあかそうとしなかったので、被告は登記簿をしらべるなどして近藤の存在を知り同人を居住地の千葉県松戸市に訪ねたところ、不在で逢えず、同人の妻から「〇三―五〇四―三五八八神都商事内近藤」と書いたメモを渡され、同人はここに勤めているからといわれた。被告は近藤には遂に逢えなかったが、原告に電話したところ、応待に出た男から近藤はまだ出ていないが用事は何かと問われて地代支払のことを話すと本件土地についてはいずれ裁判になるから地代は供託して置けば良いといわれたので、その後昭和四六年四月に従来の地代を含め近藤を地主として供託し、更に同年八月以降原告宛に供託をつづけてきた。

(四)  なお、本件土地は昭和四九年六月一八日現在で更地価格が金一七八五万円に達する旨鑑定されている

以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

三  そこで、以下、争点について判断する。

(一)  被告は原告の本件土地競落は基本となる抵当権設定契約が通謀虚偽表示により無効であるから原告に所有権取得の効果が帰属するに由ない旨抗争するが、さきに認定したところ以上に鳥海、近藤間の抵当権設定契約が通謀虚偽表示であると認めるに足りる確たる証拠はない。前認定によれば、菅沼、清野、鳥海、近藤、原告らが被告の本件建物に保存登記の欠けていることを知り、金融業の鳥海が近藤を操り人形として競売という手段を講じたものであることは推測するに難くないが、裁判所の介在もあって現実に金員の授受がなされているうえ、近藤は操り人形同然だとしても同一目的達成のため鳥海の抵当権設定契約に応ずる意思を有していたことも推測するに難くないから、両者相通じて表示どおりの効果の発生を企図したものと解するのが相当であるからである。

したがって被告の右主張は採用できない。

(二)  ところで被告が本件土地の借地権につき対抗要件をそなえていなかったことは当事者間に争のないところ(再抗弁とその答弁)、被告は昭和四五年一〇月二八日の前記鳥海、近藤間の抵当権設定登記に遅れたとはいえ、同年一一月一四日本件建物に保存登記を経由することにより、本件土地借地権に対抗要件をそなえたから追完理論により新所有者となった原告に右借地権を対抗し得る旨主張するが、もともと対抗要件は或る時点において存否いずれか一義的に決定されない以上意味のないものであるから追完により治癒の許さるべき性質のものとはうけとれない。したがって被告の右主張は採用できない。

(三)  最後に、被告は原告の本訴請求は権利の濫用である旨主張し、金二五〇万円ないし金五〇〇万円の移転料を提供する用意がある旨反論するので検討する。

さきの認定によれば、本件土地所有者であった菅沼から不動産業者の清野を介して持込まれた本件土地売却の話に、たまたま本件土地の借地権に対抗力の存しないことを知った鳥海、近藤、原告らが応じ、金融業者である鳥海が不動産業者で原告とも密接な関係のある近藤に金を貸付けて買わせ、同時に抵当権を設定し、間もなく競売申立をして、第一回期日に不動産会社である原告がこれを競落し本訴に及んだものであるから、原告は被告を追い立てる目的のもとに鳥海、近藤らと通じ、裁判所を介在させることにより、本訴請求をできるだけ正当化しようと計画した悪意の取得者というを憚らない。他方被告は戦前から本件土地借地人として数十年の間生活の本拠を本件土地に置き、次々と交替した地主に対して借地人としての義務に欠けるところはなく、咎められる点としては僅かに借地権につき対抗要件をそなえていなかったというに過ぎず、これも現在では本件建物に保存登記を経由しているものであって本件土地に対する愛着その他主観的価値は甚大なものがあることが推測される。そのうえ、もともと原告の競落は被告の借地権の存在を前提とし、価格も借地権の存在を考慮して評価決定されているのに対し、本件土地の現在の更地価格はその一〇倍以上に達することが明らかである。これらの事実に建物保護法、借地法等一連の立法の系譜にみられる善良な借地人保護の法意を考慮するときは、たまたま対抗要件を具備することを懈怠した善良な借地人である被告に対し、ただ対抗要件を欠除したという一事を理由にこれを追い出して暴利を計らんとする原告の本訴請求は権利の濫用に当ると解するのが相当である。原告は移転料の提供をもって本訴が正当化されると主張するが、その価額からしても低きに失するし、被告の本件土地に対する主観的価値を考慮すれば単に経済的に均衡がとれるというだけで本訴が正当化されるというものでもないから右主張は採用できない。

四  よって原告の本訴請求をすべて失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 麻上正信)

〈以下省略〉

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